静岡県で大規模な牧場経営(飼育は多い時でなんと700頭オーバー!)をされ「しずおか和牛」を年間130頭程を出荷している、すずき牧場の鈴木社長に生産現場ならではのエピソードを伺った。
まだ猛暑が続く9月初旬、駿河湾を望む国道150号を御前崎に車を走らせ、茶畑が広がる牧之原台地を登っていくと「すずき牧場」がある。
すずき牧場は静岡県の中西部、日本で最大規模の茶産地である牧之原台地の端にあり、その高低差から夏は風通しもよく気温が2~3度は低いから、牛たちにとってとても過ごしやすい場所に位置している。
着いてすぐ、事務所に通され驚いたのが、トロフィーや盾の数々。これだけでも十分に品質の高い和牛を生産してきた「すずき牧場」の歴史をうかがい知ることが出来る。そんな実績豊かで、品質の高い和牛を育て上げてきた代表の鈴木社長に、しずおか和牛の生産現場について話を聞かせてもらった。そして、まだ若いブランドである「しずおか和牛」の未来が少し見えてきた。
牛舎を覗くと牛たちがとてもリラックスしている。ちょっと近づくと目をキラキラと輝かせながら興味深そうにこちらに近づいてくる。初めて出会う人間に対してここまで興味を持ってくれるのだから、普段から大変な愛情を持って育てられているのが良く分かる。
広々とした敷地内に何棟も建つ牛舎は圧巻である。しかし、取材当日は35度を超す猛暑日。牛たちもさぞ暑かろうと思い牛舎を見渡してみると、屋根から水滴がポタポタと垂れていた。鈴木社長によると、暑さは10年程前と違い異常ともいえる猛暑日が続くようになり、和牛の健康管理をする上でも温度調整はかなり重要な問題になってきたそうだ。
そこで、すずき牧場では牛舎全体の温度が上がらないように屋根には水を流し牛舎内には横貫扇風機を設置、定期的にミストを流しながら気化熱を発生させ牛たちの身体を冷やしているのだそうだ。確かに、外気に比べて牛舎の中は驚くほど涼しく快適である。鈴木社長は「この10年で扇風機を2倍に増やしました」とおっしゃっていたが、やはりこの頭数を管理し飼育するという苦労は想像を絶する苦労がありそうだ。
「牛に無理をさせない飼育法」
高品質な和牛を生産する第一歩は、とにかく牛にストレスを与えないことだと鈴木社長は言う。確かにすずき牧場の牛舎を観ると広々としたスペースに悠々と牛たちが過ごしている。
鈴木社長例えば鉢の中で花を植えるにしても過密にすると枯れてしまうでしょう。もう一本、もう一本と植えようとしても、生きるのは自由競争だから自然淘汰されてしまう。それなら頭数を制限して最初から入れないほうがいいよね。牛の為にも私達の牧場の為にも。
正にその通りだと思う。牧場経営をしながら、品質の高い和牛を育てるには莫大なコストがかかる。無理に頭数を増やしてより多くの利益を確保しようと思っても、過密なストレスを与えては良い牛に育たない上に逆に利は減ってしまうだろう。そして、与える餌に関しても鈴木社長のこだわりが随所に映える。
鈴木社長昔はよく脂が硬いと良く言われたんです。それで十数年前から専門の餌屋さんに相談しながら餌を改良し続けて与えてるんです。もちろん、与えるタイミングやバランスを日々研究しながら肉質を少しづつ改良してね。
冒頭で述べたとおり、今では数々の賞を受賞するに至っているが、辿り着くまでには様々な苦労と経験の上に成り立っている。そして、鈴木社長が長い時間をかけて改良を行う理由は単純に牛に対して無理をさせたくないという、鈴木社長の牛に対する愛情と優しさが存在した。
鈴木社長昔は身体が大きな牛が良いと思っていたから、どんどん餌をやっていた時期もあったんですが、餌をどんどんあげるとドンドン食べてくれるから大きくはなるんですけど、病気にもなりやすいんです。それこそ、朝に調子が良くても昼には調子が悪くなっていまったり、ひどい時は突然死してしまっていたりね。
今は牛の体調に応じて、乳酸菌等が含まれる生菌剤を常に餌に配合したり、特に疲れているなと感じた時には餌にビタミン剤や糖蜜を与えたり、肝機能の事も考えてミネラル鉱塩を与えたりしているそう。餌によっては、脂の質が非常に良くなる餌や身体がすぐに大きくなる様な高カロリーな餌もあるようだが、すずき牧場では一貫して全体のバランスと牛の事を考えた健康管理を行っているそうだ。今では突然死といった悲しい出来事もほぼ無いそうだが、そんな鈴木社長の経験から導き出した重要な要素がある。 それは牛を観る力をつけるということ。
「牛を観る力をつけるということ」
「牛を観察していれば、その時の牛の体調が良く分かる」これは鈴木社長が取材中何回か口にされていた言葉だが、観察するだけなら誰にでも出来るが、観察した上でどの様に対処するかというのは誰にでも出来る事ではない。特に動物が相手では尚更だ。
鈴木社長(牛にも)それぞれ性格があって強い奴もいれば弱いやつもいる。そんな子たちを一緒に(同区画)入れてしまうと、弱い牛は強い牛に虐められて、後ろに追いやられ餌を食べられなかったりするんだ。そんな事が無いように、そんな子をその枠から抜いてあげたり、入れ替えてあげたりするんだよ。
まるで学校の先生である。
また、しっかりと観察し管理する事により、病気の早期発見にも繋がり重症または死から回避できる。鈴木社長が何度も「しっかりと観察する事が本当に大事」と言っていたのがとても印象的だった。そして飼育に関して話を聞いていた時に一番心に響いたのが「当たり前の事を手を抜かずに徹底的に」という言葉だった。何の仕事でもこれが一番難しい。鈴木社長は、日中はもちろん夜間も見回りを欠かさないそうで、牛舎内の温度調整はもちろん、牛たちの様子を一頭一頭見て回っているそうである。
鈴木社長朝も夜も見回りをして、寒ければカーテンをしめ、暑ければ扇風機を回すし、牛たちの体調を整える為に、当たり前のの事を手を抜かずに徹底的にやるんだ。
鈴木社長いわく「適当に餌をやって適当に出荷する事は絶対にしない」と。
「しずおか和牛とは」
鈴木社長うちの牧場にも、京都から働きに出てきてくれている子がいるんだけど、冗談抜きでここのお肉は美味しいって言うんだよ。「しずおか和牛」も含め静岡県産の和牛は、他のブランド和牛に比べると脂身がクドくなく、サラッとしていて食べやすくて、肉の味がしっかりと感じられるんだよね。
鈴木社長はそうにこやかに語ってくれた。そして「しずおか和牛」は今後どの様なブランドになっていって欲しいかも聞いてみた。
鈴木社長様々な料理人に向けてもっとプレゼンや試食会を開いて「しずおか和牛」をマッチングしていって認知して欲しいかな。西は浜松の舘山寺から東の伊豆まで、県内どこの旅館やホテルでも扱ってもらえる様なブランドになって欲しい。理想を言えば、大都市に出荷するよりも静岡県内で消費されるような牛になれば完璧だ。
他の和牛ブランドが数十年の歴史を誇る中「しずおか和牛」はまだ発足して数年であるので、認知力の向上は今後、協会を含めしっかりと取り組んでゆきたい。また、畜産に携わるのは大変な仕事である。農業や生産業の後継者問題と同じ様に、和牛の畜産家が減り続けている中、これだけの牛肉の質を維持するのは大変である。だからこそ、静岡県の和牛統一ブランドとして、まずは県内で認知、そして消費し価値を高めていくことが大事なのではと。
すずき牧場が出荷している「しずおか和牛」は、これからも鈴木社長によって改良し続けられ、素晴らしい牛肉として一般にも認知されていく事だろう。手間ひまかけられたこの牛肉、是非沢山の方に味わって頂きたいと思う。